東京地方裁判所 昭和51年(モ)6490号 決定
申立人
岩添尚子
右法定代理人
岩添俊夫
同
岩添美栄子
右代理人
小池貞夫
外四名
相手方
山積清一
主文
本件申立を却下する。
理由
申立人は、起訴前の証拠保全手続により、相手方の肩書住所地において、申立人に関する昭和四三年二月から現在までの診療録の検証はなすことを求め、かつ、相手方に対し、右診療録を右証拠調期日に現場において提出するよう命ずることを求めている。
そこで、まず右提出命令の申立について考えるのに、記録によれば申立人は昭和四三年三月初旬ころ(当時生後二か月)相手方医院において、大腿部に筋肉注射を受けたこと、その後昭和五〇年一〇月六日訴外高橋光征医師より大腿四頭短縮症であるとの診断を受け、昭和五一年五月一七日本件申立に及んだことが認められる。
ところで、医師法二四条一項によれば、医師が診療をしたときは、遅帯なく診療に関する事項を診療録に記載するよう義務づけられており、同条二項によれば、右診療録は作成後五年間医師または医師の勤務する病院、診療所の管理者において保存すべきものとされている。そして右各義務は同法三三条により罰則を以て強制されている。従つて、或る者が医師の診療を受けたことが認められたときは、特に反証のない限り、右診療に関する診療録が右医師によつて作成され、その後五年間右医師または右医師の勤務する病院、診療所において保存されているものと、一応推定することができる。
しかし、前認定の事実によれば、本件申立は、申立人が相手方医院において診療を受けたときから八年二か月余り経過した後になされたものであるから、診療録の存在に関する右推定法則を適用するのは困難であり、申立人が相手方医院において診療を受けたことから直ちに、右診療に関する診療録が相手方医院において現に保存されているものと推認することはできない。従つて、申立人は、相手方が現に右診療録を所持していることをさらに立証する必要がある。
ところが、本件においては、相手方が右診療録を現に所持していることを自認するなど、右事実を直接に証する証拠は何もなく、また、相手方医院が医師法二四条によつて義務づけられた保存期間の経過後も相当長期間にわたつて診療録を保存する体制をとつているとか、申立人が右保存期間内あるいは保存期間満了の直後に、特に相手方に対し、右診療録を保存しておくよう要請したなど、相手方が右診療録を現に所持していることを推認させるような証拠もまったく存しない。従つて、本件においては、相手方が現在右診療録を所持していない蓋然性はかなり高く、結局相手方がこれを現に所持していることを認めるに足りる証拠はないものといわざるをえない。
してみると、本件提出命令の申立は理由がないから却下を免れず、また、これを前提とする本件検証の申立も理由がないから却下すべきである。よつて、本件申立を却下することとして、主文のとおり決定する。 (園尾隆司)